シャインマスカットやイチゴなど日本ブランドの海外流出を止めることは重要ですが、農家の自家増殖に一律制限をかける必要はないことを前回記述しました。今回の種苗法改正案には9割方賛成できますが、「自家増殖の許諾制」の部分だけは削除すべきです。
 多くの農家さんが「海外流出を止めるためには仕方がない」と感じていらっしゃるようですが、これはミスリードの結果であり、農水省の本当の狙いは育成者権(発明者の権利)の拡大だと思われます。今回の法律改正で農家の金銭的負担が増えるのではないかとの指摘がありますが、以下その点について議論します。

 元農林水産大臣の山田正彦先生は、種苗法が改正されると「登録された品種の育種権利者から自家増殖の対価を払い許諾を得るか、許諾が得られなければ全ての種苗を新しく購入するしかなくなる」と述べています。そして、コメ専業農家の横田さんのプレゼンを引用し「横田農場では7トンほどを自家採取してきたので、全てを購入するとなれば500万円近いこれまでにない負担がかかることになる」と農家さんの負担が大幅に増える可能性を指摘しています1)

農水省はホームページの「よくある質問」で以下のような記述をしています2)

Q. 自家増殖に許諾が必要となると、農家の生産コストや事務負担が増えて営農に支障が出ませんか。

A. 自家増殖に許諾が必要となるのは、国や県の試験場などが年月と費用をかけて開発し登録された登録品種のみです。新品種は農業者に利用してもらわなければ意味がないので、農業者の利用が進まない許諾料となることは考えられません。(一部抜粋

 それに対して「日本の種子を守る会」が「種苗法に関する農水省のQ&Aに一言」を発表しています3)。対して「日本の種子を守る会」が「種苗法に関する農水省のQ&Aに一言」を発表しています3)

 種子法も民間企業の参入を進めるために廃止され、ほぼ同時に、民間企業への種苗事業の移行を促す農業競争力強化支援法が作られ、都道府県は民間企業の参入が進むまで種苗事業を続け、民間企業に種苗事業のノウハウを渡すことを求める通知を農水省事務次官が出しています。
 種苗事業が民間企業に移行していけば、許諾料が安いままである保障はなく、許諾を与えないケースも増えると予想されます。許諾を義務化する規定も、許諾料に関する規定も種苗法改正法案には存在しません。(一部抜粋)

農水省Q&Aへの疑問 | tanemamorukai (taneomamorukai.com)

 農水省の主張では、主な育成権者(発明者)は公的機関であることを前提としています。法律ができて暫くはその通りだと思いますが、10年後、20年後もその前提を保証できるのでしょうか。私は「日本の種子を守る会」の主張の方が説得力があると思います。

 農家に対して一律に自家増殖を制限している国はイスラエルしかないそうです。EUはどうかというと「92トンの穀物を生産するのに必要な耕地より小さな耕地で植物を育成している農業者」は例外として自家増殖が認められています4)。この規模は、日本ではほとんどの農家が当てはまります。

 なぜEUなど諸外国では農家の自家増殖を認めているのでしょうか。それは、農家の昔からの権利をしっかりと守っているからです。また、EUの許諾料(特許料)は日本に比べて高いそうです。農水省の説明では、日本の水稲の許諾料とフランスの小麦の許諾料を比べると60~200倍フランスの方が高いとのことです(販売額に占める許諾料の割合を比較)。

 EUの許諾料が高い理由は、民間企業が登録品種の権利を多く有しているためと思われます。以下にEUにおける農業部門と野菜部門のトップ5の育成権者を示します5)。Limagrain Europe SASとVilmorin SAは農業協同組合ですが、他は株式会社です。

 農水省は農業の自由化を推し進めておきながら、なぜ民間企業が参入してこないと言えるのでしょうか。外資系の巨大アグリカンパニーの参入を止める法律も、許諾料の高騰を防ぐ法律もありません。いずれ大手民間企業が主流となり、許諾料がビジネスの視点で決められる時が来るのではないでしょうか。農水省の説明が理解できないのは私だけでしょうか。

【引用文献】
1) 山田正彦「種子法廃止と種苗法改定で日本の農業はどうなるのか」大阪保険医雑誌2020年10月号pp9~13
2) https://www.maff.go.jp/j/shokusan/shubyoho.html
3) https://www.taneomamorukai.com/questions
4) 1994年7月27日付欧州連合理事会規則2100/94号 共同体の植物品種保護の権利に関する規則 14条(共同体の植物品種保護の権利の例外)
https://www.syubyoken.com/blank-2
5) Annual Report 2019, CPVO, pp39-40