みやかわ伸

 新型コロナウイルス感染症の拡大がおさまらない中、憲法を改正して「緊急事態条項」を設けるべきという向きがあります。しかし、現在の新型インフルエンザ特措法や検疫法などでかなりのことができるはずです。

安倍・菅政権が中途半端で後手後手の対策を取ってきたことが、今の窮状を招いたのではないでしょうか?緊急事態条項が必要だと主張される人は、現行法の範囲内で認められずに困っていることはどういった内容で、憲法を変えることでどう変わるかを具体的に説明すべきです。

菅総理の説明は

菅総理

 今年5月7日の総理記者会見で、産経新聞の記者が「現行憲法下においても、政府は国民の私権を制限するような感染対策というものを行っていると思います。緊急事態条項がなければ採れないような対策、感染症対策、具体的に言うとどういったものを念頭に置かれていますでしょうか?」と質問しました。

 これに対して菅総理は「(省略)政府として、例えばワクチンの治験についても、国内治験というものも求められています。どうしても3~4か月ぐらいは掛かってしまいますので、なかなか接種も遅れてしまうとか、いろいろな問題が今回のことで浮き彫りになったというふうに思っています。

特にこの感染症ということを考えたときに、落ち着いたらそうしたことを検証して対策を考える必要がある、こういうふうに思っています」と答えています。正直びっくりしました。新薬の安全性試験を行わないで国民に投与するために、憲法改正が必要だということを言っているのでしょうか?

緊急事態条項を設ける本当の狙いは

 もともと自民党は憲法を改正して緊急事態条項を設けるべきだと主張してきました。平成24年4月27日に決定された「自由民主党の日本国憲法改正草案」にもはっきりと書かれています(下記参照)。

自由民主党の日本国憲法改正草案 平成24年4月27日(決定)

第99条(緊急事態の宣言の効果)

 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態に置いて国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 恐らく本丸は、感染症パンデミック時のロックダウンではなく、他国から軍事的な攻撃を受けた時に国民の主権を抑制して対応できるようにしようということだと思われます。

コロナ禍に便乗して、国民感情を煽って憲法改正を進めるのはいかがなものでしょうか。コロナ対策として必要なきちんとした理由があるなら、しっかりと記者会見で答えることができるはずです。

現政権の不十分なコロナ対策の数々

 そもそも、この間の安倍・菅政権のコロナ対策には多くの問題点があります。

  1. 不十分なPCR検査
    PCR検査の感染症対策の基本は検査、隔離、治療です。しかし、安倍・菅政権は十分にPCR検査を行ってきませんでした。私は、せめて医療機関と高齢者施設は徹底してPCR検査を行うように何度も申し入れました。

    しかし、例えば1月の第3波では、特に高齢者施設での検査は全く不十分で、クラスター感染により多くのお年寄りが命を落としました。これは現行法で十分に対応できたことです。

  2. 不十分な医療機関への経済的支援
    医療のひっ迫に関して、政府はもっと迅速に医療機関への経済的支援をすべきでした。これも何度も国会で言ってきたのですが、現政権は後手後手の対応でした。

    昨年の夏の段階では、ほとんどの民間病院は赤字で、しかもコロナ患者を受け入れた病院ほど赤字幅が大きかったのです。そのため、医療従事者の夏のボーナスがカットされたそうです。信じられない話です。その後も政府の対応は不十分で、冬のボーナスもカットされたところがあったと聞いています。

    これでは民間病院は潰れてしまうので、協力しづらいのも仕方ないのではないでしょうか。

  3. 不十分なオリンピック・パラリンピックへの感染対策
    東京オリンピック開催中に感染爆発が起こってしまいました。これは京都大学のグループが早くから予想していたことで、先の国会でも取り上げられていました。

    例えば山井和則議員の「ステージ4の感染爆発、そういう状況でもオリンピック・パラリンピックは開催されるんですか?」という質問に対して、菅総理は「開催に当たっては、選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じ、安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく、これが開催に当たっての私の基本的な考え方です。」と繰り返すばかりで、具体的な対策は示されませんでした。

    実際いま、自宅療養者の急増が問題になっていますが、療養施設の大幅拡大などの準備はほとんど行われていませんでした。また、私たちは感染爆発に備えて国会を三カ月延長することを要求しましたが、これも無視されました。

 空港の水際対策やワクチン・治療薬の開発、コロナ禍で経営が厳しい事業者への支援も同じです。現行法でやれることがたくさんあるのに、それをしっかりやっていない。政府が事業者に十分な補償をしていないことが原因であるのに、それを飲食店のせいにして、金融機関や酒の卸売業者からの締め付けを要請したことには、さすがに事業者も黙っていなかったわけです。

憲法は時の権力者が暴走しないようにするもの

飯島滋明氏

今年6月2日に開かれた参議院憲法審査会で、参考人として参加された飯島滋明氏(名古屋学院大学教授)は以下のような発言をされています。

「ドイツやフランス、緊急事態条項あります。ですけれども、今のドイツやフランスは緊急事態条項は危険だからこれは使うのやめようということで、あえて法律でやっているわけですよね……

1961年、フランスでも憲法16条の非常大権が使われましたけれども、そこでは警察官が48人も虐殺しているわけですよ。戦後ですよね、これ。

ですから、実はそういったのは危険だということで、わざと今は公衆衛生緊急事態法というのを使って憲法を使わないようにという、そういうことで対応しているんですよね……

ドイツのメルケル首相であったりフランスのマクロン大統領なんかは、例えば法律でやるけれども、それでもやっぱり個人の権利、自由、民主主義にとって危険だからということで、これを濫用させないようにしたい、政府が濫用させないようにしたいということをさんざん言っているわけです。

メルケル首相というのは東ドイツの出身なので、自分がその移動の自由を行使できないということが非常に、どれだけまずいかというのを分かっていると。だから、今回、法律でやるとしても、それでもやっぱり危険なんだという、その認識を持って対応しているわけですよね」

 憲法改正を主張している人は、コロナ拡大を憲法のせいにする前に、現行法をしっかりと使って、今すぐできることにまずは注力すべきではないでしょうか。憲法は時の権力者が暴走しないように「国民が政府を縛る」ためのものです。緊急事態条項は逆に政府が国民の権利を抑制できるように特権を与えるものであり、コロナ禍に便乗して今議論すべきではありません。