種苗法改正案が国会で審議されています。衆議院は11月12日に通過しました。このままいけば、この改正案は本国会で成立します。山田正彦元農林水産大臣や日本の種を守る会の皆さんが反対の声を上げていますが、野党の意見も割れていて、大きなうねりには至っていません。
図1 山田正彦元農林水産大臣(右から2人目)自らが国会前で抗議のために座り込み
◆なぜ広がらないのか?
農水省は、同法の改正は「シャインマスカットのような海外流出を止めるために必要」と説明します。私は、登録品種の表示義務や育成者(発明者)の許可なく海外に持ち出せないようにすることには賛成です。しかし、なぜ農家の自家増殖の権利に制限をかける必要があるのか、これに対する農水省の説明は理屈が通っていません。「海外流出を止めるため」というキャッチコピーを強く打ち出すことで、多くの農家さんが「それなら仕方ない」という気持ちになるような空気を作っているのです。
「海外流出を止める」ために「農家の自家増殖に制限をかける」必要はありません。その理由を以下で示します。特に2番目が重要です。
1.農家が海外流出に直接関与しているという証拠はない
イチゴの品種の一つ、『章姫(あきひめ)』の流出を農水省は例示していますが、これは静岡県の個人育成者が韓国の特定の農家に使用を認め、それが韓国で広まってしまったケースです。農家が流出させたのではありません。ブドウの品種の一つであるシャインマスカットも農家が流出させたとの証拠はありません。農水省は農家が流出させた具体的なケースをほとんど知りません。農家のせいで流出しているかのようなイメージは誤りです。
2.許可のない譲渡は現行でも法律違反
現在、農家は登録品種であっても自家増殖することは自由です。しかし、それを許可なく他人に渡すことは法律違反です。故意に渡した場合は、10年以下の懲役、1000万円以下の罰金という重い罰則規定まであります。
農水省は以下のような図を示して説明しています。これは、農家の自家増殖に制限をかけると海外流出が止まるかのような誤解を与えかねない説明です。
図2 農水省の説明資料
【現行制度】でも譲渡すると法律違反です。「海外」への矢印に「×」を付けるべきです。「増殖を把握できないため」と書かれていますが、増殖を把握するだけであれば、増殖に制限をかけなくても、名前だけ登録する「届出制」で十分です。
農家の自家増殖に制限をかける前にやるべきことが2点あります。
(1)農家にきちんと説明すること
現在、登録品種の表示が明確にされていないものがほとんどです。ですから今回の法改正で表示義務が課されます。まずは農家さんに「これは登録品種で、増殖したものを勝手に誰かに渡すと法律違反になりますよ」「海外流出してしまっていて、多くの農家さんが困っていますよ」ときちんと説明することが大切です。説明すれば農家さんは安易に他人に渡さないと私は思います。しかし、農水省は「それでは手ぬるい。きっと農家は渡してしまう」と言っています。
(2)届出制にすればよい
農水省は、海外流出が起った時に誰が自家増殖しているかわかれば犯人を捕まえやすい、いわゆるトレイサビリティーを担保するために、「許諾制」が必要だと説明しています。しかし、自家増殖に制限をかけなくても、自家増殖する人は名前だけ登録する「届出制」にすれば十分です。にもかかわらず農水省は厳しい許諾制にしなければダメだと言っています。
3.故意に流出させる行為はこの改正案では止められない
故意に行う人は許諾を得ずに隠れて自家増殖するでしょう。そういったケースは「許諾制」でも「届出制」でも同じように簡単に見つけることができません。つまり農水省は、違法行為をしない「まっとうな農家」に対して厳しい制限をかけないと海外流出を止められないと言っているのです。
4.海外で農家の自家増殖を一律制限しているのはイスラエルだけ
ヨーロッパでは年間の収穫が穀類92トン以下の農家は自家増殖できるルールになっています。日本の農家はほとんどがこの規模です。なぜ日本は世界標準から離れて、農家に一律制限をかける必要があるのでしょうか?日本の農家は厳しくしないと流出を止められないということでしょうか?
5.海外出願や水際対策
工業の分野では日本は知財に対する意識が低いと言われてきました。農業の分野も同じで、シャインマスカットも海外登録されていませんでした。重要な品種はしっかりと海外登録することが必要です。また、違法な海外への持ち出しがされないように、水際対策の強化も必要です。農水省は、こういった対策も必要であるが、育成者権をしっかりと保護していない国や例外事項のある国もあるので、また、小さな種を持ち出すことを完璧に水際で止めることは簡単でないので、本改正が必要であると説明しています。
種子法を廃止したり農業競争力強化支援法を作り、農業の自由化、グローバルなアグリビジネスの後押しをしてきた農水省の信頼は揺らいでいます。今回の種苗法改正も将来的に海外のグローバル企業を利するだけのものではないかとの指摘があります。
将来、農家の負担が大幅に上がる心配はないのでしょうか?農水省は、農研機構や都道府県など公的な機関は農家を苦しめるようなことはしないと説明しています。しかし、農業の自由化を進めている農水省がそのような説明をしても説得力はありません。公的機関がしぼんでいく中、海外の大手企業の開発商品が主流になっていく可能性は高いです。そうなれば必然的に価格は上昇していくでしょう。ヨーロッパの許諾料など参考にすべきです。この問題は別の機会に詳しく説明します。
◆最後に
農家が古来から持っていた固有の権利が自家増殖です。今回の改正案がこのまま通ってしまえば、この権利に広く制限がかかることになります。ニンジンなど「F1種」を使っている農家さんも、農家の権利に関わる問題なので関心を持って欲しいです。また、消費者の皆さんにも一緒に農業の未来について考えて欲しいです。農水省は「海外流出を止めるため」という変化球を投げるのではなく、正々堂々と「育成者権を拡大させるため」と言い、真正面から農家と議論すべきです。
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